
かつて「音」が巨額の富を生み出した音の黄金時代が有りました
拡声し、遠くへ、多くの人に、
声を届けることで利益を生んだ「音」の時代から
映画等の演技で、「音による演出」で利益を生んだ時代の音
より美しく、力強く、澄んだ音で演出し人々の心を動かした、そんな音の時代
様々な時代を経て、
今の再生音楽というオーディオの楽しみが有ると思います
そんな今の時代の再生音楽で「売れる音」「対価を生む音」とは?
そんなことをふと考えてみました
音の本質を踏まえたうえで、「音にインパクトと魅力」がある音
とでもいえばいいのかな?
強い印象を与え、魅力で引き寄せるような音
オーディオでは単に本質を極めた「良い音」だけでは
対価を得ることは難しいと思います
LIVE演奏や、コンサートの生演奏は、その演出も含めて
お客さんは対価を支払います
映画も同様かな、映像と音の演出に対価を支払う
条件の一つは「家庭では味わうことが出来ない音」
もあると思います
演奏会を開けるスペースがあって、常に演奏者を揃える財力があれば
いいですが、そんな人は現代にはそんなにいないだろうから
通常は演奏会に足を運び、対価を払うことになります
でも、レコード等を使った再生音楽では音源となる再生の音源では
希少なオリジナル原版を除き殆ど個人で揃えることが出来ます
つまり、音楽好きならだれでも演奏者を呼べるような環境にあるわけです
では、対価を払い、足を運ぶような「再生音」には何が必要かというと
家庭では味わえない良い音で、
更にインパクトと魅力といった「音の演出」
が巧く備わった音ということになると思います
インパクトだけだと非常に難しいですね、
強い印象だけだと基本的に1度か2度しか感動は与えられないかもしれないですね
インパクトだけではあきがで、当たり前になる恐れもあります
強い印象といえばまず「量は」欠かせないだろうが
この「量」というのも大変難しいと最近痛感しました
話は脱線しますが
私は「音も」、「食も」同じだと感じて時々そう書いていますが
昔の大盛の食と、今の爆盛りは、全く次元が違いますね
爆盛りは常人ではまず「美味しく食べる」ことは不可能だと思います
「昔の大音量」と「今の爆音」も同じように
似て非なるものと先日身をもって知ることが出来ました

知人の「娘さんがドラム」をたたくLIVEが有るので
是非聞いてくれと、若者の「パンクロック」なるLIVEに行ったのですが
それは、とんでもない大音量の世界、たぶん皆さんの想像を絶する爆音です
私はとても聞いていられず、1っ曲で早々に退散しましたが
多くの若者が、私には騒音にしか聞こえない爆音に、酔いしれ楽しんでいました
私も低音は好きですが、あの心臓がえぐられ、鼓膜が痛くなり
脳が限界を訴える音の量は、無理でした
音も食も時代とともに大きく変わったんだと感じました
音も味も個人の経験のうえで五感で味わい、好みは出ると思います
爆音を楽しむ人たちに大音量は物足りないでしょうね
爆盛りを食する人たちは、大盛では満足しないでしょうね
更にその濃さも含めて、
なにやら濃厚で「味も量も過多」になったものです
オーディオではデジタルが
料理では化学調味料が
似て非なる過多の時代を作り出した気がしています
私はいつの時代も
旨い料理
巧い演奏
上手オーディオ
同じに「うまい」
良いものは誰が聞いても味わっても「うまい」
そう思っています・・・・・
話を戻して
オーディオ再生音楽でまず「うまい」と感じて、更にインパクトと魅力の演出
これを叶えたのが対価を得られるオーディオではないでしょうか
反対の音で「まずい」は「うるさい」ですが
音の演出で、この「まずい」を少しでも感じさせてはいけないですね
インパクトの段階で「まずいと」感じない、程よい「量」
でも、家庭では味わえない、大きな「量」が必要
売れる音には、まずこの適切な「大音量」は大切ですね
そして「音の演出」なのだから、吹き込まれた「本質の音」を
曲げてはならないのだろうが、ここも問題です
これは私の個人的な感想になりますが
「売れる再生」音楽に、吹き込まれた「本質など無い」!
レコードと云う音の素材を使い、

その場で「数十年前の方々が演奏している」
そのを聴いているような、音の演出が必要です
これは忠実にレコードを再生するだけでは
叶えられない音だと私は思っています

本質を無視しろとは決して言いませんが、忠実にだけでは
辿りけない、音の世界だと思います
何十年も前の、歴史的名演奏の再現が出来て
初めて人は感動し
そのサウンドに対価を支払うのだと思う
対価とは金銭だけではなく
その場所に時間を費やし足を運ぶのも、対価です
えっ!、このレコード持ってるけど、こんな音が入っていたの?
まず、こう感じなければ対価を払う人はいないですね
う~ん

そんな「うまいサウンド」の演出、やはりそれは、レコードを聴き続けて
その「個性の積み重ね」の先にあるものなのだろうか
売れる音の答えは結局、まだ私では出せないが
レコードという音の基に、個々の経験で魅力を付け加えて演出し
本物の場を感じられる、音の提供
ここが難しいと事ではあるとおもいますが
途中からの写真は先日、キャンカー旅でJAZZ喫茶へ寄らせて頂き

豪快なサウンドを聞かせて頂きました
私のように個人の趣味で楽しむ音と
音による対価を得る音の違いはあるのか
そんなことを考えました

がやはり共に
求める音は、オーナーが聴いて楽しく、感動できる音
結局そんな音なのでしょうかね




















































